旧三菱重工業名古屋航空機製作所
大江工場本部入り口
横断幕の日付や「勤労挺身隊員」が白地の夏服を着ていることから6月上旬に名古屋「入り」したことが推測される。(写真提供:元第四菱和寮関係者)
資料集に名古屋地裁の調書を掲載
12/11 三菱重工社長あての手紙を追加
勤労挺身隊とは、
大日本帝国が第二次世界大戦中に創設した勤労奉仕団体のひとつで、主に未婚女性によって構成されていた。戦時日本の労働力が逼迫する中で、強制的に職場を配置換えする国家総動員法下の国民総動員体制の補助として行われ、工場などでの勤労労働に従事させた
。
朝鮮の少女がなぜ名古屋に
日中戦争から更に、太平洋戦争に戦線を広げた日本は、兵隊に取れる男を徴兵し、海外にどんどん出兵させた。
陸軍や海軍の兵器廠も三菱重工のような軍需工場も武器弾薬をフル稼働させたい、そのため工員不足を当時の中学生や女学生の学徒動員で補う体制をとった。それでも足りない。朝鮮半島から国民学校を卒業した13歳から15歳の少女を、教員や校長が勧誘した。「日本に行って働けば給料はもちろん、うまいものは腹一杯、女学校に通える」と言って。
朝鮮の少女にとって女学校は憧れそのものでした。「学校で勉強したい」この思いは向学心の強い子ほど、抑えがたいものとなった。親に内緒で印鑑を持ち出し応募した子もいた。
名古屋三菱・朝鮮女子
勤労挺身隊訴訟を支援する会
最新更新日 2020年12月20日